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神戸地方裁判所姫路支部 昭和43年(ワ)65号 判決 1976年4月23日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

(一)  被告らは、原告に対し、次の各登記の抹消登記手続をせよ。

1 別紙第一目録記載の不動産につき、神戸地方法務局姫路支局昭和四三年一月一八日受付第一三四五号の昭和四二年六月三〇日相続を原因とする所有権移転登記

2 別紙第三目録記載の不動産につき、同支局同四三年一月一八日受付第一三四六号の所有権保存登記

3 別紙第二目録記載の不動産につき、同支局同年二月一九日受付第五一四五号の所有権保存登記

(二)  訴訟費用は、被告らの負担とする。

二  被告ら

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告の請求原因

(一)  被告高浜〓子は、亡高浜雄二の長女、被告高浜樹代は、その二女である。

(二)  雄二は、自分の死後、遠縁に当る高徳桂二の二男英弘を事実上の養子として、将来祭祀を継承させる考えから、昭和四二年三月二〇日、姫路市広畑区本町四丁目の自宅において、神戸地方法務局所属公証人上坂広道を招き、同公証人の面前で、自分の死亡後は全財産を包括して高徳英弘に遺贈する旨並びに当該遺言執行者を実兄の子の高浜和郎に指定するとの遺言公正証書を作成した。

(三)  遺言者雄二は、昭和四二年六月三〇日死亡した。そこで、遺言執行者である高浜和郎は、亡雄二の三五日の法要に際し、被告らに前記遺言の趣旨を告知し、遺言書を呈示して協力を求めた。

(四)  ところが、被告らは、遺言の執行を妨害する目的で、雄二所有の別紙第一目録記載の不動産につき、神戸地方法務局姫路支局昭和四三年一月一八日受付第一三四五号をもつて、被告らが相続をなし、その持分各二分の一づつなる相続に因る所有権移転登記をなし、また、雄二所有の未登記であつた別紙第三目録記載の不動産については、同支局前同日受付第一三四六号をもつて、同じく別紙第二目録記載の不動産については、同支局同年二月一九日受付第五一四五号をもつて、それぞれ被告らが共有で、その持分各二分の一づつとする所有権保存登記をした。

(五)  遺言執行者高浜和郎は、本訴提起中の昭和四九年二月七日死亡し、同年五月一七日神戸家庭裁判所姫路支部で、遺言執行者に原告が選任された。

(六)  被告らのなした前記各登記は、遺言者の遺言による包括遺贈の趣旨に反し無効である。

よつて、遺言執行者たる原告は、遺言の執行のため、被告らに対し、右各登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因(一)の事実は認める。

2  同(二)の事実中、高徳英弘が亡雄二の遠縁にあたること、高浜和郎が雄二の実兄の子であることは認めるが、その他の事実は不知。

3  同(三)の事実中、雄二が原告主張の日に死亡したことは認めるが、その他の事実は否認する。

4  同(四)の事実中、原告主張の不動産につき、その主張の各登記がなされたことは認める。

5  同(五)の事実は認める。

6  同(六)の事実は否認する。

三  抗弁

(一)  亡高浜雄二の本件遺言公正証書による遺言は、次の理由により無効である。

1 亡雄二は、本件遺言の当時、遺言能力を欠いていた。すなわち、

雄二は、昭和三七年七月一一日交通事故に遭い、頭部等に傷害を蒙り、老人性痴呆症となり、平常は事理の弁識ができない心神喪失の状態に陥つていた。従つて、本件遺言の昭和四二年三月二〇日当時は、自らの意思を表示することができず、遺言をなしうる意思能力を欠いていた。このことは本件遺言公正証書になされている雄二の署名の筆跡をみても、通常の精神状態にある者の筆跡とは思われず、雄二の精神状態が普通でなかつたことを示している。右のように遺言者に遺言をなしうる能力がなかつたのであるから本件遺言は無効である。

元来、雄二が血縁もなく、かつ親しくもなかつた高徳英弘に家産や祖先の祭祀を継がせる考えがあつたとは考えられない。本件の遺言は、雄二の精神的欠陥を利用し、公正証書の形式をとつて、被告らの相続権を奪い、被告らの財産を乗取ろうとする高浜和郎や原告ふさの策謀である。

2 本件遺言公正証書の作成に当り、次のとおり方式の違背があり、公正証書遺言の要件を欠いているので、本件遺言は無効である。

(1) 本件公正証書遺言に証人として遺言執行者の高浜和郎が立会つたとされている。しかるに、和郎は、本件遺言当時盲目(あきめくら)であつた。民法九六九条によれば、公正証書によつて遺言をするには左の方式に従わなければならないとして、証人二人以上の立会があることを掲げる。そして民法九七四条によると、左に掲げる者は遺言の証人又は立会人となることができないとして、未成年者、禁治産者及び準禁治産者を挙げる。しかるところ、民法一一条によれば、心神耗弱者、聾者、唖者、盲者及び浪費者は、準禁治産者としてこれに保佐人を付することを得、としている。右三カ条の条文解釈からして、盲者である高浜和郎は証人となることができない。民法九六九条四号によると、遺言者及び証人が筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名し、印をおすこと、とある。盲者は筆記の正確なことを承認できるか、できないではないか。盲者は証人として欠格者である。盲者である和郎が証人として立会つた本件公正証書遺言は無効である。

(2) なお、原告は、被告らの右1の主張が民訴一三九条の規定により却下されるべきと主張する。民訴法一三九条にいわゆる時機に遅れたか否かは、訴訟手続の経過を通観して判断すべく、時機に遅れた攻撃防禦の方法であつても当事者に故意又は重大な過失が存し、かつ訴訟の完結を遅延せしめる場合でなければ、同条により却下しえないものと解すべきである。被告らの前記主張は、これまでに顕われた原告の証拠(高浜和郎、高浜ふさの各供述)を援用して主張しているだけで、被告らが新たに証拠の申立をしているわけでないから訴訟の遅延を来すものではない。

(3) 次ぎに、本件公正証書遺言に証人として、現遺言執行者の原告高浜ふさが立会つたとされている。しかるに、原告ふさは、「自分は遺言に立会つてくれと言われたので立会つただけである、公証人と遺言者亡雄二とのやりとりがどうであつたかは知らぬ」と証言している。すると、原告ふさは、証人でなくて立会人であつたのか、曖昧きわまる。遺言の立会人は、たんに遺言書が作成された事実のみを証するにすぎず、内容についてその真実性を証明することはできない。とすると、原告ふさは、証人だとはいえない。そうであれば、本件遺言に立会つた証人は、高浜和郎一人となり、この点でも方式に違背し、本件遺言は無効といわなければならない。

(4) さらに、本件公正証書遺言において、遺言者の亡雄二が民法に定めるとおりの方式で遺言を直接公証人に口授したか、また雄二が公正証書の筆記の正確なことを承認したかどうかも確認しえない。本件遺言において雄二の口授、読み聞けに対する応答、承認は明確でない。もし甲第一八号証の書面で口授に代えたとすると、文書による意思表示は認められないので、本件遺言は無効である。遺言者が疾病のため言語明瞭を欠き、挙動で意思表示をしたものは無効である。雄二は、前記のような精神状態で完全に口がきけなかつたのであるから、口授や筆記の正確性を確認できない筈である。

(二)  仮に本件遺言を有効であるとすると、被告らは、原告に対し、遺留分減殺の意思表示をする。すなわち、本件遺言は、被告らの被相続人亡高浜雄二の全財産を高徳英弘に遺贈するものであるから、被告らの遺留分を侵害することになる。そこで、被告らは、高徳英弘に対し昭和四三年五月二九日付書面で、遺言執行者高浜和郎に対し同年六月二七日付書面で、それぞれ、本件各不動産のうち別紙第一目録記載の4及び5の不動産を除くその他の各不動産につき、被告らの遺留分減殺の意思表示をした。

四  抗弁に対する原告の答弁

(一)1抗弁(一)の1の事実は否認する。

2 本件公正証書による遺言当時、遺言者高浜雄二の精神状態は正常であり、その意思能力(遺言能力)に何ら欠けるところはなく、かつその遺言内容は、同人の真意にもとづくものである。

3 抗弁(一)の2の事実は否認する。

(1) 同(一)の2の(1)の主張について。

被告らの右主張は、本訴提起時の昭和四三年三月から実に七年経過後に始めて主張されたものであるから、時機に遅れた攻撃防禦方法として民訴一三九条により却下を免れない。けだし、高浜和郎はすでに昭和四九年二月七日死亡しているため、遺言公正証書作成当時の視力の程度を同人自身に確めることは不能だし、作成に当つた公証人もすでに退職して久しく老齢とあいまち、さらに意味ある証言をうることも不可能であり、結局、被告らの主張を確証するのは不可能で、徒らに無駄な日時を重ねるのみであるからである。

(2) 本件遺言公正証書作成に立会つた証人高浜和郎が盲目であることを断定できるものはない。視力の程度には無数の段階があり、当時、和郎にある程度視力の減退は推測されるものの、同人が盲目であつたことを根拠づけるものはない。

仮に和郎が盲目であつたとしても、該事実は、遺言の証人としての欠格事由には該当しない。もつとも公正証書遺言については、「証人が筆記の正確なことを承認した後、署名し、印をおす」(民法九六九条)と規定されているが、その意味するところは、遺言者の公証人に対する口授とこれを筆記した公証人の遺言者及び証人に対する読み聞かせの内容の一致を確認することを意味するものであり、公証人の筆記自体を確認することを意味するものではない。従つて盲目たることは遺言書作成の真正を保証するに何らの障害たりえない、そして証人欠格を規定する民法九七四条各号は、視力の程度如何はもちろん、盲目であること等を一切要件としていないのである。仮に視力の程度如何が証人欠格事由とされた場合、遺言書の効力の法的確実性はたちまち崩れ、遺言の効力につき無限の紛争を生ずる。けだし視力の程度に無数の段階があり、遺言筆記の内容の正確に判読しうる能力の有無を遺言書作成段階において確定することは殆ど不可能である。しかるとき、本件の如く、遺言書作成後長期間経過した時点で、公証人はもちろん、遺言者にすら把握できない不確実な事由で遺言書が無効に帰することは、厳格な方式のもとに遺言者の真意を確保せんとする遺言制度そのものを否定することになる。盲者等の証人適格を否定する一部学説が散見されるが理論の域を出ず、実務に採用できないものである。

(二)  被告らの遺留分減殺の意思表示について。

まづ、遺留分は相続財産に対する一定の割合額であつて、個々の特定財産に対するものでないから、減殺すべき物件を選択しての遺留分減殺請求はできない。

また、被告らに遺留分があり、これを侵害する遺贈がなされたとしても、被相続人の相続開始当時の財産状態に復帰してこれを算定配分すべきものであるから、被告らに遺留分があるからといつて、自らの所有権移転登記が許されるべきではない。従つて、被告らは、右登記の抹消登記手続を拒否することはできない。

第三  証拠関係(省略)

理由

一  被告高浜〓子は亡高浜雄二の長女、被告高浜樹代はその二女であること、雄二が昭和四二年六月三〇日に死亡したこと、被告らがそれぞれ原告主張の各登記をしたことは当事者間に争いがないところ、成立に争いのない甲第一号証、証人上坂広道の証言によると、高浜雄二は、昭和四二年三月二〇日、姫路市広畑区本町四丁目七四八、七四九合併地の自宅に神戸地方法務局所属公証人上坂広道の出張を求め、証人高浜和郎、高浜ふさ両名立会の下に、同公証人作成第一三二一三四四号の遺言公正証書を作成し、公正証書による遺言をしたこと、その内容が遺言者の死後は全財産を包括して高徳英弘に遺贈する、とするものであり、かつ遺言執行者を高浜和郎に指定したことが認められる。

しこうして、右遺言執行者高浜和郎は、本訴提起中の昭和四九年二月七日死亡し、同年五月一七日神戸家庭裁判所姫路支部で原告が右遺言執行者に選任されたことも当事者間に争いがない。

二  そこで、被告ら主張の本件遺言の無効事由の有無について順次検討する。

(一)  遺言者高浜雄二の遺言能力について。

1  成立に争いのない乙第四号証、証人長尾茂の証言によれば、高浜雄二(明治二一年九月三〇日生)は、昭和三七年七月頃交通事故に遭い、同年八月三一日から同年一一月二〇日まで高岡病院に入院していたこと、入院中の症状は、頭部外傷後遺症と老人性痴呆症が重なり、記銘力、指南力、計算力、領解力が低下し著しい知能低下がみられたほか、作話症もありコルサコフ症状を呈し、感情失禁もみられ、こみ入つたことの話しや受け応えは難しい状態であつたことが認められるのであるが、しかし、一方、前掲証人長尾茂の証言によると、雄二の右症状は、退院時には比較的よくなつていたこと、入院中の担当医師長尾茂としても、退院後は、雄二を診察することがなく、以後の雄二の症状については不明であることが認められる。

2  成立に争いのない乙第三号証、証人田中守人の証言によれば、医師田中守人は、雄二を昭和四二年一月二日から同人が死亡した同年六月三〇日までの間診察したが、同年三月一三日の診察記録によると、雄二は、食欲なく、全身衰弱、歩行困難で寝たままの状態、脈博少々高い、血圧多少高いが正常、手足の運動麻痺なく、腹部に褥瘡(とこずれ)あるも他に特別の所見なし、意識ははつきりしているとなつており、同年四月五日の診察記録によると、軟便数回あり、衰弱ひどく、時々大小便の失禁あり、腰に褥瘡以外とくに所見なし、意識の混濁はないが、顔貌活気に乏しく、何となくぼんやりしており、言語もはつきりせず、応答に聞き取りにくいところがあつたことが認められる。

3  原本の存在及び成立に争いのない甲第一五号証、証人赤藤純子の証言によれば、訴外赤藤庄次は、雄二と従兄弟の間柄であつて、昭和四二年三月二九日頃、雄二の病床を見舞つたことがあるが、その頃の雄二の状態は、寝たきりで声にも元気がなかつたものの、普通の世間話をしたこと、訴外人としては、雄二の意識が呆けている感じをもたなかつたこと、もともと雄二は明晰な言葉使いをする人ではなかつたが、しかしまだ訴外人の耳には聞きとれる程度であつたことが認められる。

4  そして証人上坂広道の証言によれば、本件遺言公正証書を作成した公証人上坂広道は、右公正証書作成当時の状況の記憶は残つていないが、ただ同公証人としては、臨床出張の場合には、遺言者本人が署名できるか、話しができるかを照会したうえ、できるということであれば出張し、また本人の意識が十分でないと認めるときは、公正証書の作成を中止するのを通例としていたことが認められる。

以上を綜合すると、高浜雄二は、老齢であり、以前に遭遇した交通事故による頭部外傷後遺症や老人性痴呆症の各症状がまつたく払拭しきれていたわけではないが、少くとも本件遺言のあつた昭和四二年三月二〇日当時、言葉使いに明晰を欠き、聞き取りにくい嫌いはあつたものの、世間話には差支えない程度の談話能力はあり、意識が全然呆けてしまつていたわけではないから、事理を弁識判断する能力を有していたものと認めるのが相当である。

被告高浜樹代(第一回)、同高浜〓子(第一、二回)各本人尋問の結果によると、なるほど、雄二には時に意味のわからない言動があり、言葉が聞き取りにくいことがあつたことが認められる反面、しかし時にはもともで通常人と変ることのない状態に戻ることもあつたことが認められるのであるから、右被告ら各本人尋問の結果も前記認定を左右しえず、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

また、雄二が自らの全財産を包括して高徳英弘に遺贈するとの本件遺言の内容について、雄二が残された唯二人の相続人である被告らをさておいて、なにゆえにとりわけ血縁が濃いわけでもなく、特別の交際もなかつた高徳英弘を包括受遺者にしたか(証人高徳英弘(第一回)の証言によれば、同人自身、雄二と会つたことはなく、何故に雄二が同人を選んで全財産を包括遺贈したのか、自らも不思議に思つていると述べている)、その経過には不明確なところが多いのであるが、といつて、本件遺言が雄二の精神的欠陥を利用し、被告らから財産を乗取ろうとする高浜和郎、ふさ夫婦の策謀とする被告らの主張は、これを首肯するに足る証拠はないし、本件遺言が雄二の真意でないと断定することもできない。

以上の次第で、本件遺言当時、雄二に遺言能力がなかつたとの被告らの主張は理由がない。

(二)  遺言の方式について。

本件公正証書による遺言に、証人として高浜和郎、高浜ふさ両名が立会つていることは前記のとおりである。

被告らは、まづ右証人の高浜和郎は当時盲目であつたから証人欠格者であると主張する。

もつとも、原告は、被告らの右主張は、時機に遅れて提出された攻撃防禦方法であるから民訴法一三九条により却下を免れないと主張するのであるが、なるほど、被告らの右主張は、本件口頭弁論の終結近くにいたつて主張され、本訴提起時からすると原告主張の日時の経過後であることは明らかであるものの、被告らの右主張は、すでに本件において顕われている証拠を援用し、そこから構成された主張であることは、本件記録上明らかである。従つて、被告らに故意又は重大な過失があつて、訴訟の完結を遅延させるものとも認め難いから、被告らの右主張は却下するには及ばない。

そこで、成立に争いのない乙第一三号証によれば、高浜和郎は、兵庫県知事発行の身体障害者手帳(兵庫県第三五五五六号、昭和三七年三月一〇日付)の交付を受けていた者で、右手帳の記載には、全盲、視力両眼とも零一級とされていたことが認められ、被訴訟受継人高浜和郎尋問の結果によると、高浜和郎自身、目が悪く目が見えないこと、本件遺言公正証書に証人として署名したのも見当で書いたと供述し、証人高浜ふさも、夫の和郎は、目が悪い、目が見えない、しかし目が見えんが字は書けると供述する。

以上認定の事実によると、高浜和郎は、本件遺言に証人として立会つた当時、自らの氏名は見当で書くことはできたものの、視力に障害があり、盲目に近い状態にあつたものと推認することができる。

右認定に反する証人高浜龍彦、同高徳英弘(第二回)の各証言、原告高浜ふさ本人尋問の結果は採ることができず、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

ところで、民法九六九条は、公正証書遺言の要件を掲記し、証人二人以上の立会があること、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること、公証人が遺言者の口述を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせること、遺言者及び証人が筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名し印をおすこと等を掲げているのであるが、公正証書遺言において証人の立会を求める所以は、遺言者その人が正常な精神状態において、ある内容の遺言を公証人に口授したことを確認し、兼ねて公証人の事務を監督する目的にでるものであり、証人たる者は、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授するのを聴き取り、それが正しく公正証書上に記載されたことを確める任務を有しているわけである。

そこで、証人の資格については、民法九七四条がその欠格事由を定めている。すなわち(1)未成年者、(2)禁治産者及び準禁治産者、(3)推定相続人、受遺者及びその配偶者並びに直系血族、(4)公証人の配偶者、四親等内の親族、書記及び雇人、である。従つて、以上の各号に該当しない者は法律上証人となりうるわけであるけれども、前掲の公正証書遺言の要件に照らして考えると、事実上方式の履践が不可能なため証人となりえない者が考えられる。まづ、証人の署名が必要とされているから、自署できない者は証人となりえない。また遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授するのを聴き取り、口授を理解していなければならないから、遺言者の用いる言語を理解できない者、たとえば禁治産・準禁治産の宣告を受けていない心神喪失者や聾者の如きは事実上証人となりえないことになろう。さらに証人は筆記の正確なことを承認した後、署名・押印すべきものとされているから、筆記の正確なことを承認する能力のない盲人の如きも、事実上の証人欠格者と考えられることになる。しかしながら、前記事実上の証人欠格者のうち、署名できない者、遺言者の口授を理解しえない者はともかく、盲人の如きは、筆記の正確なことを承認する能力を欠くが、遺言者の口授は理解できているものであり、かつ公正証書遺言にあつては、公証人が遺言者の口述したところを筆記し、これを証人に読み聞かせるのであるから、筆記の正確なことの承認は、読み聞かせられたものがさきの口授と一致していることを確認するものであつてみれば、遺言者の口授の内容が複雑大部にわたらず、簡単明瞭な事項にとどまり、従つて公証人の筆記するところもこれと同様である場合には、読み聞かせられた内容とさきの遺言者の口授の内容との一致の有無の判断は容易であり、あえてこの内容を筆記のひとつひとつと照合し読み合わせるまでもないことになるので、このような場合には、盲人が証人に立会つたとしても、かかる盲人に証人欠格があるとするのは相当でないと考える。

本件においてこれをみれば、本件公正証書遺言の証人高浜和郎は、前記のとおり盲目に近く筆記の内容を視界におさめることができなかつた者とみられるから盲人といわなければならないが、しかし、本件公正証書遺言における遺言者高浜雄二が公証人に口授した遺言の内容は、「自分が亡くなつた後は全財産を包括して高徳英弘に遺贈する。」といつたきわめて簡単明瞭な事項に止まり、被訴訟承継人高浜和郎本人尋問の結果によれば、遺言者高浜雄二から公証人に口授があり、これを公証人から読み聞かされていたことが認められるから、高浜和郎が盲人であつたにせよ、本件公正証書遺言において立会つた証人の適格性に欠けるところはないといわなければならない。してみれば高浜和郎が証人欠格者であるとの被告らの主張は理由がない。

次に、被告らは、本件公正証書遺言に高浜ふさが証人として立会つているが、同人は証人としての立会かどうか不明確で証人とはいえず、従つて、証人としては高浜和郎一人のみが立会つたことになつて、方式に違背すると主張する。

なるほど、証人高浜ふさの証言によれば、同証人は、本件遺言公正証書作成の現場に居合わせていたところ、公証人がいてくれと云つたので傍らにいただけである、公証人と高浜雄二との問答がどのように行われたかは知らない、証人あるいは立会人の意味はわからないが、公正証書が作成されて公証人が読み上げられ、どう書いてあるか知らんが、公証人からここに署名してくれというので、主人の高浜和郎の署名と並べて、そこに自らの署名をしただけのことである、というのである。

右認定の事実によれば、高浜ふさは、本件遺言公正証書の作成に立会い、証人として署名しているのであるが、はたして同人が証人としての自覚をもつて本件公正証書の遺言に立会い、証人として遺言の一部始終を確認していたかどうか、きわめて曖昧であり不明確である。前記のとおり、証人たる者は、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授するのを聞き取り、それが正しく公正証書上に記載されたことを確認する任務を有するものである。本件公正証書遺言におけるもう一人の証人である高浜和郎は、証人欠格者とはいえないにせよ、盲人と目される者であつたことは前記のとおりであるが、そのような事情の下で、右証人高浜和郎と並んで本件公正証書遺言に証人として立会つたとされる高浜ふさが前記認定の状態で立会つていたのであれば、証人としての任務を尽しているとは認め難いのである。

してみると、本件公正証書遺言に高浜ふさは証人として立会つていないといわなければならないから、本件公正証書遺言は、遵守すべき方式に欠けるところがあるとしなければならない。そうすると、本件公正証書遺言は、この点で無効といわなければならない。

被告ら主張の本件遺言は無効との抗弁は、その余の点の判断に及ぶまでもなく、理由がある。

三  以上のとおり、本件遺言が無効とすると、遺言の有効を前提とする遺言執行者たる原告の本訴請求は理由がない。よつて、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(別紙)

第一目録

1 姫路市広畑区早瀬町二丁目六一番

田 五八一平方メートル(五畝二六歩)

2 同市同区小松町一丁目四二番

田 六三一平方メートル(六畝一一歩)

3 同市同区高浜町三丁目九一番

田 五〇九平方メートル(五畝四歩)

4 同市同区吾妻町一丁目四三番

田 七〇四平方メートル(七畝三歩)

5 同市同区長町一丁目九四番

田 六二四平方メートル(六畝九歩)

6 同市同区末広町一丁目一五番

田 一四五平方メートル(一畝一四歩)

7 同市同区本町四丁目七四八番

宅地 一七八・五一平方メートル(五四坪)

8 同所七四九番

宅地 一八一・八一平方メートル(五五坪)

第二目録

姫路市広畑区末広町一丁目一五番地

家屋番号一五番

木造瓦葺二階建共同住宅

床面積 一階 八三・二二平方メートル

二階 八二・三六平方メートル

第三目録

姫路市広畑区本町四丁目七四八番地、七四九番地

家屋番号四二八番

木造瓦葺二階建居宅

床面積 一階 四一・三二平方メートル(一二坪五合)

二階 二四・七九平方メートル(七坪五合)

付属建物

1 木造瓦葺二階建倉庫

床面積 一階 九・九一平方メートル(三坪)

二階 九・九一平方メートル(三坪)

2 木造瓦葺平家建物置

床面積 一二・三九平方メートル(三坪七合五勺)

3 木造瓦葺平家建雑

床面積 九・九一平方メートル(三坪)

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